住友奔別炭鉱立坑櫓

住友奔別炭鉱立坑櫓 「東洋一」と呼ばれた巨大な立坑櫓を、 外からは見えない内部構造まで精巧に再現した作品です。

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作品について

住友奔別炭鉱立坑櫓は、北海道三笠市の奔別炭鉱で、深部の石炭を効率よく採掘するために建設された大規模な立坑施設です。

立坑櫓は1959(昭和34)年に完成し、翌1960(昭和35)年から操業を開始しました。高さは約51メートル、立坑の深さは約735メートル、内径は6.4メートルに及び、完成当時は「東洋一の立坑」と呼ばれていました。

一つの立坑の中で、石炭を運ぶスキップと、人員や資材を運ぶケージを使用する特徴的な構造を持ち、炭鉱の深部開発と運搬の効率化を支えました。

父が制作したこの模型は、巨大な立坑櫓の外観だけでなく、通常は見ることのできない内部の構造まで細かく再現しています。制作には約3か月をかけ、複雑な設備や構造を一つひとつ丁寧に模型の中に表現しました。

現在も旧奔別炭鉱には立坑櫓や精炭ホッパーなどの施設が残されています。ただし、敷地は私有地のため、通常は内部に立ち入ることはできません。

制作の背景

父は、炭鉱に残された建物や設備を模型として再現し、その姿や構造を記録として残してきました。

住友奔別炭鉱立坑櫓も、そうした炭鉱の歴史を伝える重要な施設の一つです。外から見える巨大な櫓の姿だけではなく、内部にどのような設備があり、どのような構造で人や石炭を運んでいたのかまで分かるよう、細かな部分まで作り込んでいます。

また、奔別炭鉱跡は父自身の人生ともつながりのある場所です。幌内炭鉱の閉山後、父は新たにボイラー管理の資格を取得し、その後、奔別炭鉱跡地で操業していた寒住プレハブ工業株式会社 三笠工場で働きました。

炭鉱としての役割を終えた土地が新しい産業の場となり、父もそこで新たな仕事を始めました。そのため、この場所は炭鉱の歴史だけでなく、閉山後の父の歩みとも重なる場所でもあります。

センターの記録にも、普段は見ることのできない内部まで精巧に制作されていることが紹介されています。

この作品を作ることになった具体的なきっかけや、制作時にどのような資料を参考にしたのかについては、今後あらためて父の話を聞きながら記録を加えていきたいと思います。

所在地

北海道三笠市奔別町

この場所の記録